【BOOKWARE】
日本人なら一度は西田を読みなさいと言いたいところだが、文章は難解だし、最も有名な『善の研究』にして、読み通してその中身をすらすら言える者に、めったに出会えない。脅かすわけではないけれど、それほど西田を読むのには覚悟がいる。
それなのに西田こそは、日本思想の劇的な特徴を言い当てた哲人なのである。ここまでずばりと本質をついた哲学者はいなかった。そう、ぼくは確信できる。ただし、その劇的な特徴をあらわした言葉はなんと「絶対矛盾的自己同一」という、とんでもなくわかりにくい9文字なのである。まるでお題目のようなのだ。
もともと西田幾多郎は金沢で洗心庵を組んでいる雲門玄松という禅師に仕えるつもりの青年だった。ところが自分の資質は修行僧になるよりも哲学をすることに向いていると見きわめて、金沢の四高に入った。そこで西田は生涯の友となる鈴木大拙と出会い、自分の哲学的な思索は禅の方法に沿って貫こうと決心した。
こうして西田の思索が始まるのだが、その中核に据えたかったのは「疑うに疑えないような純粋なもの」とは何かということだった。禅に学べばそれは「無」に近いものなのだろうが、その一言で片付けたくはない。そこでまず「善」を相手に格闘し、次に「自己」とは何かという大問題と格闘した。