≪伝統に培われた技を新しい発想に生かすと「ものづくり」の可能性が広がる≫
健康や自然志向、地球温暖化などの環境問題への関心が高まるとともに、耳慣れてきた言葉の一つ「オーガニック」は、化学合成農薬や化学肥料に頼らず、有機肥料などにより土壌の持つ力を生かして生産する有機栽培です。今回は、まだこの言葉が一般的ではない時代から、一つの信念のもとに無農薬、無肥料の有機農業に取り組み、地元の環境保全に尽力し続けてきた、300年続く専業農家の15代目、石綿敏久さんを神奈川県小田原市に訪ねました。
石綿さんが就農した1971(昭和46)年、小田原はみかん景気の最中にありました。省力化農業が推奨され、市場では整った色や形の規格品が求められた時代でした。味より重視される見栄え、農薬と肥料の多用による健康被害。疑問を抱えながらの慣行農法に転機が訪れたのは82年、生まれて間もない長女の病気でした。石綿さんは娘の健康を願い、自然食療法のための自然農法への切り替えを決断したのです。みかん山に無肥料栽培を導入し、農薬を使わない田んぼで何日もかけて手作業の草取り。並大抵の苦労ではありません。そのうえ地元で代々続く農家が、時代と逆行する農法に取り組むことへの周囲の目は、とても厳しくつらいものでした。逆境の中で覚悟と信念を導いたのは、娘への愛だったといいます。