このようなタウトの日本を見る目は反転して、坂口安吾によってさらに起爆した。1937年の冬、知人に連れられて初めて祇園で遊んだ安吾は、舞妓たちを見て「こんな馬鹿らしいものはない」と感じた。愛嬌もなく芸もない。それだけではない。フォークの背にご飯をのっける珍奇な仕草、神社という神社が並べている安物の土産、新興宗教の建築の気持ち悪さなどを次々にあげ、こんな日本はもっと堕ちるしかないと文句を付けた。
安吾は、日本人はちょびっとだけ伝統などに付き合うから、目が腐ってしまったと言いたいのだ。それより自分が見た小菅刑務所の長い壁、聖路加病院とドライアイス工場の対比、春の海を動く軍艦などのほうがずっと美しいと断言してみせた。
タウトは日本人が洋物を「うわべ」でとりこんだことを告発した。安吾は日本人が伝統文化を「薄っぺらく」したことを断罪した。2人の言いようは反対に見えるようだが、根っこでつながっている。クールジャパンも東京オリンピックも、よっぽど心したほうがいい。