11年3月11日、東日本大震災は釜石で経験した。クラブは宿舎もグラウンドも高台にあり、津波の被災は免れたが、揺れはひどかった。町に降りてみると、川のようになった道路を車が流れていた。翌日には自衛隊の車両が入り、救出作業が本格化した。多くの人が亡くなっていた。東京の大使館からは帰国を促す迎えの車が到着した。
ファーディーは要請を拒否した。「ここが私の町だから。ここに仲間がいるから」と。元ニュージーランド代表のピタ・アラティニらも釜石に残った。怪力を生かして施設の老人らを車いすごと持ち上げ、救援物資をパス練習のように運んだ。
11年シーズンを釜石でプレーしたファーディーは12年にスーパーリーグへ飛び立ち、13年に豪州代表入りした。
震災の教訓は「人生は短い」と実感したことだという。だから、目の前のことに全力を尽くす。その積み重ねが豪州代表での活躍に結びついている。