大震災きっかけに
五百羅漢図は、2011年3月11日の東日本大震災をきっかけに描かれたという。その大震災前の09年10月から、村上は雑誌「芸術新潮」の企画で、美術史家の辻惟雄から毎回、過去の1枚の名画を提示されては、それに応えて絵を描くという「ニッポン絵合せ」をした。その「お題」に狩野一信や長沢芦雪の五百羅漢が出されたことで、いつか自分も描こうと思っていたという。
制作の動機について村上は、10月30日の記者内覧会での質問に答えて、「大震災の津波で両親を亡くした子供らをみて、宗教の原初的な発生原理を見た」などと話した。ところが、展覧会カタログ収録用の辻との対談では、「僕の『五百羅漢図』には『祈り』的なものが皆無で、まさに『無』みたいな感じで、なにもない」とも話している。
辻もその点を「あなたの『五百羅漢』から感じたのは、死の影のようなものがない」。さらには「東日本大震災のあとに描かれているから、普通なら(狩野)一信らが描いたような災害に結びつく要素が入りそうなものなのに、それも見あたらない」と指摘した。