芝居のためほえる毎日
しかし立場変わって今、私は大人であり、演出家である。芸事を伝えるには理屈で済まないこともあるから難しい。黙って素振り1万回させる方が、理想的なバットスイングに関するスポーツ科学的説明よりよほど有効なこともある。自分が味わったような理不尽は味わわせたくないが、金を取って客に見せる舞台作品を作る現場は仕事場であり、優しいだけじゃやっていけない。
それより何より創作の場においては、価値観と価値観をぶつけ合うことでしか生まれないものもある。そもそも演劇の現場に演出家がいる意味は、人それぞれに価値観や美学が異なる中で、この作品における統一見解、今回の創作における骨子を示すことでもあるから、独断せねばならんこともある。中道・日和見・優等生的回答だけでは、観客を満足させるスリリングな芝居はできないのだ。
なんて悩みを抱えつつも、私はどんどん現場で判断し、決断し、指示し、ダメ出ししていく。それはリーダーとして責任を背負い込む覚悟だ。彼らのこれからの俳優人生に役立つヒントもあるだろうが、反面教師として刻み込まれる苦い体験もあるだろう。本当の意味で人と向き合うためには、時として土足で相手のフィールドに上がり込んでいって「俺は俺の考えが、お前の提案より面白いと思う」とほえねばならんこともある。毎日ヒリヒリ、稽古している。