せっかく良い仕事をしているにもかかわらず、埋没しがちな作曲家に陽を当てたいという。
「今の音楽界を見てみると、元気のいい活発に活動している人やグループと、厳しい状況の中で苦闘している人、傾向として二手に別れてきています。私の時代には、小さなホールから大きなホールにたどりつける希望がありました。こうした路線が今はなくなってきています。他の賞と違うコンセプトがあるとすると、作曲、パフォーマンス、評論などいくつかの分野を横断していること。年齢制限を設けていないことでしょうか。20世紀の終わりのころまでは、評論活動も活発に行われていた気がします」
一柳は神戸生まれ。21歳で渡米、ニューヨークでジョン・ケージらと実験的音楽活動を展開し、1961年に帰国した。当時のニューヨークはまさに前衛芸術の黄金時代だった。