稲田防衛相講演「網タイツやめた」「日本を守る防衛政策」「韓国入国拒否…残念」 (3/13ページ)

言論テレビ放送4周年感謝の集いで話す稲田朋美防衛相=25日午後、東京都千代田区(山崎冬紘撮影)
言論テレビ放送4周年感謝の集いで話す稲田朋美防衛相=25日午後、東京都千代田区(山崎冬紘撮影)【拡大】

  • 言論テレビ放送4周年感謝の集いで櫻井よしこ氏(左)から花束を受け取る稲田朋美防衛相=25日午後、東京都千代田区(山崎冬紘撮影)
  • 言論テレビ放送4周年感謝の集いで日本の自衛隊について話す稲田朋美防衛相=25日午後、東京都千代田区(山崎冬紘撮影)
  • 言論テレビ放送4周年感謝の集いで日本の自衛隊について話す稲田朋美防衛相=25日午後、東京都千代田区(山崎冬紘撮影)

 政調会長の職にあると、自分がこういうことをやりたいという会議体をつくることができます。自民党60年の折には歴史の本部を立ち上げて、谷垣(前)幹事長に本部長になっていただきました。歴史の問題、東京裁判史観にとらわれることなく、何が客観的事実かということを、第一線のみなさんに来ていただいて、しっかりと歴史を学んでいく。客観的事実に基づいた歴史認識があってはじめて、何を反省し、何を将来に生かすことができるかを政治家が学ぶことはとても重要です。

 私は防衛大臣に就任しました。実は予期していたわけではなく、政調会長の時代はずっとアベノミクス、経済成長をやっていました。そして、規制改革担当大臣もやり、規制改革は成長戦略の核ですが、今の日本に求められているのは、労働市場改革、産業改革、人材育成。この3つを一度に、難しい改革だけれども、大きな改革をするときです。そんなに時間は残されていません。この大きな改革を党の側からやっていきたいという思いがとても強かったのですが、そういう頭で参院選も戦ってきたので、防衛大臣といわれたときは「えっ」という気持ちもありました。

 考えてみれば、櫻井先生が言われたように、第1次安倍内閣は1年間の内閣でしたが、重要なことをたくさんやりました。その中の1つが防衛庁を省にすることです。それから、憲法改正に必要な国民投票。その国民投票をやるための法律がなかった。その法律をつくったのは第1次安倍政権です。それから教育基本法の改正、これもずっと自民党がやりたくてなかなかできなかったものですが、この教育基本法も、これまた占領期にできたもので、教育基本法を改正するという大きなことをやったのも第1次安倍政権でした。

いよいよ明日から国会ですが、この臨時国会のターゲットは防衛大臣だ…