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書評
【書評倶楽部】京セラ顧問・伊藤謙介 『流星(りゅうせい)ひとつ』
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〈バカだな バカだな だまされちゃって 夜が冷たい 新宿の女〉----哀愁を秘めた美しい面差し、長い髪、挑むようでいて、その底に深い悲しみをたたえた黒い瞳を思い出す。
藤圭子は、1960年代の末から70年代にかけて、「新宿の女」など、数々のヒット曲を世に送り出した。
混沌(こんとん)とした時代だった。時代の霧の中から立ち現れた歌姫だった。そんな人気絶頂の歌手が、28歳の若さで引退を決意する。
本書は、そのとき沢木耕太郎氏が、ホテルのバーでインタビューした記録を再編したものである。全ての文章が、2人の会話で成り立っている。
長い間、作者の考えで発表を見合わせていた。しかし、改めて読み返し、その死は、〈「精神を病み、永年奇矯(ききょう)な行動を繰り返したあげく」の投身自殺〉ということでは片付けることができないと思った。そこには〈輝くような精神の持ち主が存在〉し、〈透明な烈(はげ)しさが清潔に匂っていた〉。そのことを多くの人に知ってもらうべく世に問うた。
藤圭子は、北海道の旅芸人の一家に生まれた。父は浪曲師、母も眼(め)の不自由な芸人だった。貧困にあえぐ生活から抜けだそうと東京に出る。そして辛酸をなめながら、歌の世界の頂点に立つ。
しかし、そこから見た世界は虚妄と虚栄に満ちていた。彼女は強烈な精神の渇きを覚え、引退を決意する。それは真に生きることを求めて、旅に出る決意でもあった。その軌跡には、真摯(しんし)な一人の人間の生きざまが凝縮している。
「魂」の記録は、沢木耕太郎氏の次の文章で閉じられる。
〈自死することで本当に星が流れるようにこの世を去ってしまったいま、『流星ひとつ』というタイトルは、私が藤圭子の幻の墓に手向(たむ)けることのできる、たった一輪の花なのかもしれないとも思う〉
美しい。(沢木耕太郎著/新潮社・1575円)
【プロフィル】伊藤謙介
いとう・けんすけ 昭和12年、岡山県生まれ。京セラの創業に参加。経営哲学の継承に力を注ぐ。著書に『挫けない力』など。