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書評
【書評】『北極男』荻田泰永著
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冒険家は人の生き方を思索する哲学者である。この本を読んでそんな思いを強めた。
著者の荻田泰永は悩み、苦しむ。自分が生きているという実感が持てずに「大学生活にこれ以上、時間とお金を費やすのは無意味だ。人生を少しでも前進させたい」と3年生のときに大学を退学する。
半年後の1999年7月21日、たまたま見たテレビ番組でひとりの極地冒険家を知り、北極に憧れる。北極の冒険はマイナス40度の中を重さ100キロ以上のソリを引きながらひたすら歩き続ける。凍傷から手足の指を切断しなければならなくなったり、ホッキョクグマと遭遇したり、常に危険と背中合わせだ。
それでも荻田はその冒険家の企画した北極の旅に参加する。初めての北極に「生と死がとても近くにあり、自分が生きることに一生懸命になれる場所だ」と悟る。
冒険家となった荻田はカナダ北極圏の単独徒歩、犬ぞりによるグリーンランド縦断など13年間に12回も北極を旅してきた。この冒険をまとめ上げたのが本書である。
ブリザード(暴風雪)に遭って動けなくなったことがあった。風雪が間断なく吹き続け、視界は5メートルもない。テントが飛ばされたら凍え死んでしまう。テントの風下側に雪が吹きたまってテントを押しつぶしそうになる。雪を取り除くため、両足を踏ん張りながら雪かきをしているとき、急に死を身近に感じ、荻田はこう考えた。
「北極であろうと東京のど真ん中であろうと、死はいつも僕たちのすぐそばに存在している。しかし日本でそれを感じることはあまりない。死の匂いに触れたときに初めて生をリアルなものとして大事に思う」
極限状況で得た生と死についての思考である。
36歳の荻田は今年2月、また北極に旅立つ。前回の雪辱戦である。北極点まで海氷上を780キロ、食料や燃料の補給を受けずに独りで歩く。しかも海氷は年々流動的になって割れやすく、危険度が増している。だが成功すれば日本人初、世界で3人目の快挙となる。がんばれ「北極男」。(講談社・1785円)
評・木村良一(論説委員)