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父は400勝投手「カネヤン」 俳優・金田賢一さん「野球の勧めはなかった」
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俳優の金田賢一さん(52)は、球界を代表する左腕で「カネヤン」の愛称で知られる金田正一さん(80)の長男。投手として金字塔を打ち立てた正一さんは、教育は母親に任せながらも要所を締める父親だった。
現役時代の正一さんは自らの身体ケアとして、独自のメンテナンス術を貫いた。「肩を冷やすことを極端に嫌っていた。夏でも半袖姿に左には肘当てをする。徹底してました」。所有する高級外車にはエアコンではなく、当時のタクシーが客用に装備した扇風機を付け、自宅のクーラーは1台だけ。
炊きたてのご飯は、正一さんが不在の日も正一さんの茶碗(ちゃわん)に最初に盛る。食事も栄養管理を自ら行う正一さん中心。ある日、賢一さんや妹に外食で食べたいメニューを聞き始めた。「僕は肉を、妹はおすしと答えたら、『そうか、パパは天ぷらが食べたい』と天ぷらに決まる。やんちゃぼうずみたいな振る舞いと思う。でも、嫌と言えば、『何も食べなくていい』と言われる。『好き嫌いは自分で稼ぐようになってからにしろ』と」
賢一さんの目には教育に無関心に見えたが、目上の人への礼儀などには厳しかった。半面、賢一さんの幼稚園のイベントに若手選手を連れて参加したり、運動会に趣味のカメラを持参して撮影したりと優しい一面もあった。
賢一さんは中学時代、野球をしたことがある。「やってみたら下手。(野球で)日本で一番勝った父を見て、あそこまでいくのは無理だと思っていた。家族にとって野球は厄介もので、勝てばいいけど、負けたらつらい。父からの勧めはなかったし、『やる』と言ったときも喜んでいないようだった」
賢一さんに転機が訪れたのは高校2年生のときだ。正一さんが友人の俳優、長門裕之さんの名前を出し、「映画、出ないか。夏休みだからやってこい。良い経験だ」と言い出した。芸能界には関心はなかったが、長門さんが製作に関わった映画「正午なり」に主演。その後もテレビドラマの主演が2本連続で決まり、俳優業が仕事になった。
ある日、賢一さんが仕事から帰宅した姿を見て、正一さんは「夜にサングラスかけて帰ってくるな。芸能人らしくぶるな。豚もおだてりゃ木に登る、舞い上がっちまうから気をつけろ」。「中身がないのに外見ばかり取り繕うな、との意味だと思う。体験して振り返ってみて、後から同調したり反発したり。親になったから分かることもある。親の教えはそういうもの」
キャリアを積み上げた賢一さんは平成19年、朗読ユニット「朗読三昧」を結成。年2回の自主開催でスタートした。そんな中、山梨で公演予定があると知った正一さんは、巨人の元監督で甲府出身の堀内恒夫さん(66)に公演チラシを手渡したことを知った。「客が入らなきゃ大変だろ、と言われました。週1回、実家の様子を見に行くと、『飯、食ったか?』。いつまでたっても子供の生活や体が心配なんでしょうね」
自身も娘に同じせりふを言ってしまうのは親子2代、体が資本の職業だからかもしれない。(日野稚子)
投手時代を知り、プレーを見て憧れてくれた同世代の人たちに対して、ダンディズムを貫いてほしい。
かねだ・まさいち 昭和8年、愛知県生まれ。享栄商高を中退し、25年、国鉄スワローズ(現ヤクルトスワローズ)入団。40年に巨人へ移籍、44年、引退。ロッテオリオンズ(現千葉ロッテマリーンズ)の監督も2度、務めた。通算成績400勝298敗、完投365など日本プロ野球記録を多数持つ。
かねだ・けんいち 昭和36年、兵庫県生まれ。成城大学中退。高校在学中に映画「正午なり」でデビューし、ドラマや映画などで活躍。音楽家の丸尾めぐみさんとの朗読ユニット「朗読三昧」では6月8日、下北沢Com.Cafe音倉(東京都世田谷区)で自主公演を開催。