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シンプルにじっくり味わうすっぽん鍋 大市
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ぐつぐつと煮えたぎるすっぽん鍋。コクのあるスープも飲み干したくなる=2015年2月6日、京都市上京区(志儀駒貴撮影)
「すっぽん」と言えば滋養と強壮に効くイメージが浮かぶが、江戸時代から330年続くすっぽん料理の名店が大市(だいいち)。しょうゆと日本酒とショウガで味付けするだけの至ってシンプルな調理法だが、ぐつぐつ煮えたぎるすっぽん鍋とコクのある雑炊を味わうと元気が漲(みなぎ)ってきそうな気がする。大市は志賀直哉や川端康成の小説にも登場するが、この店を訪れる文豪らにもエネルギッシュなパワーを吹き込んだのかもしれない。
大市は元武士の近江屋定八が元禄年間(1688~1704年)に創業。以来、当時の店舗が代々受け継がれ現在は第18代の青山佳生さんが経営を取り仕切る。
献立はコース料理のみ。最初に提供される先付は「すっぽん肉のしぐれ煮」だ。日本酒としょうゆで煮たすっぽん肉の上に針ショウガが載せられ、しょうゆの香りが食欲をそそる。肉は箸でつまむとぷるぷると揺れ動く軟らかい部位や、歯応えのある部位などが混在し、食感のバリエーションが楽しめる。「軟らかい肉は腹、硬めの肉は背の部分」(青山さん)で、ショウガが絶妙な風味を添える。
本料理として運ばれるのは、一口大に切り分けられたすっぽん肉が茶色いスープの中でぐつぐつと煮えたぎる土鍋。コークスを使って1600度以上の高熱で煮るという土鍋は100回も使用すると底が溶けだすというほど。肉質は鶏肉にも似ているが、コラーゲンをたっぷり含む軟らかい身が独特だ。料理酒として使用する伏見の酒と、各地から取り寄せたしょうゆ、そしてショウガの配合を現代人の味覚に合うよう微妙に調整したというスープはまさに絶品。小鉢に取り分けられたスープを飲み干すと、温かさが全身にしみわたる。冬場にはもってこいだ。
そして、再び土鍋で登場するのがこのスープで炊いたすっぽん雑炊。実際には雑炊のだしはスープに酒としょうゆを足して濃厚にしているそうだ。レンゲで鶏卵をつぶしご飯に混ぜ合わせて、卵とじの状態で口に運ぶと、締めの一品としては味わい深い。雑炊の中に餅が入れられているのも意外だが、粘り気のある食感が新鮮だ。香の物として添えられた千枚漬けはあっさりとして、つい箸が進む。
「よそにはないものを…と心がけている」(青山さん)というこの日のデザートは、ミカン科の柑橘類「せとか」。薄い皮を剥いて頬張ると、ミカンに比べると甘さがぎゅっと凝縮されたような味わいだ。
通好みのすっぽんの生き血はコースメニューには含まれないが、注文があればワインで割ったりせずにそのまま提供する。苦み走った味だが、一気に飲み干すのが流儀だとか。
大市で提供されるすっぽんは全て浜名湖産。いけすには常に約50匹がスタンバイ。冬眠中は砂の中に潜り込んでいるが、身に脂がのって美味だ。
大市が登場する作品は「暗夜行路」(志賀直哉)、「古都」(川端康成)、「京まんだら」(瀬戸内晴美)…など枚挙に暇がない。文壇をはじめ政財界の人々に愛されてきた歴史がある。苔むす庭には松や椿、槇などが植えられ、伝統ある木造家屋に彩りを添える。
店で提供するスープにすっぽんの切り身が入った瓶詰めや、すっぽんの骨粉を配合した焼き菓子など8種類の商品は高級スーパーや百貨店でも市販している。
青山さんは「店主が江戸時代から何代も続いてきたように、お客さんにも何代も続いて来て頂けるよう努めたい」と笑った。(文:巽尚之/撮影:志儀駒貴/SANKEI EXPRESS)