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なるだけ日常 なによりおいしい 「あたりまえのぜひたく。」著者 きくち正太さん

 人気コミック『おせん』をはじめ、食文化を豊かにつづってきた漫画家、きくち正太(しょうた)さん(54)。自身の食卓を、初のグルメコミックエッセー『あたりまえのぜひたく。』におさめた。カレーそば、アジの干物、いものこ汁…。しみじみおいしい至福の食卓が、そこにある。

 《あたりまえの食材(もの)をあたりまえに料理(つく)り、あたりまえにいただく。それがなにより美味しくなによりぜひたくな暮らしだ。》

 カバーにそえられたこの言葉に、本書が凝縮されている。“マエスチョロ”こときくちさんと、“おかあさん”こと奥さま。そして編集者。この3人が、主要登場人物だ。「そばは手打ちの生麺、カレーはルーから手作り!」とこだわる編集者をいなすように、きくち夫妻がさらりと肩肘張らない“うちの味”を紹介していく。

 食をテーマにした作品を多く生み出してきたが、自身の食卓をまとまった作品として執筆するのは今回が初めて。グルメコミックの大御所としてハードルが上がっているだけに、さぞかし切り口に頭をひねらせたのではないかと思いきや…。「常日頃、『できないことはない』と思っていたから(笑)。背伸びするでも、でっちあげるでもなく、ごくごく自然に。編集者とも『なるだけ日常のものを』と話しましたしね。だから、初回からいきなりカレーそばが出てきちゃったりする(笑)」

 とはいえ、単なるカレーそばにはとどまらない。カレー粉は市販品と自家製を合わせたものだし、めんつゆだって羅臼コンブの切れ端に宗太鰹(ソウダガツオ)、いりこなどを合わせたきくち家秘伝(?)のものだ。「特に『こだわり』を意識しているわけじゃないんだけど、市販のだと何を作っても同じ味になってしまうのが年齢とともに物足りなくなってきて。自分で作るといとおしくなるしね」と自然体だ。「好みに合わせて配合は日々進化している」というめんつゆを味見させてもらうと、香りはふくよか、後味すっきり。「ね、うまいでしょ?」と笑うその表情からは、食への喜びがシンプルに伝わってくる。

 自分なりの「配合」

 「『料理』っていう言葉はあんまり好きじゃないんだ。三食あたりまえに食うんでね。ただ好きで、ただおなかが空いて、ただあれが食いたいこれが食いたいってやってるだけ(笑)。日々のことだから、無理しては続かないし。かといって、平凡すぎては本にならない。そのあたりの配分が難しいところ。そういう意味では、めんつゆではないけれど、いろんなものに自分なりの『配合』が見えてきた今だからこそ、描けた作品かな」

 料理のみならず、根来の合鹿椀(ごうろくわん)や古伊万里銚子など、器も作品に美しさを添える。さらには吹き抜ける夏の風、窓から見える元旦の富士山-。「ただうまいものが出てくるだけの作品ではない(笑)。食べ物は空気感がないとね。焼き鳥屋だってそうでしょう。かしこまった高級店より、煙がモクモクした路地裏の店のほうがおいしく感じる」

 とっておきのスパイスが、もうひとつ。“おかあさん”との愛あふれるやりとりだ。2人で買い物に行き、元日には双方の“実家の味”の思い出を交わしながら雑煮を作り。「仲がいい、というか、2人でいることがあたりまえなんだよな…。2人で食べて、お茶を飲んで…自分の実家が農家で、畑仕事は両親が夫婦でしていたからかもしれないけれど」

 作中にも、取材中にも何度も出てくる「あたりまえ」という言葉。「『あたりまえ』をやっていれば間違いがない、というのが持論なんだ」

 アジを丸のまま買って、家で干物にする。七輪で焼いて、“おかあさん”と一緒に、ビールをやる「あたりまえのぜひたく」。「あたりまえと取るか、ぜいたくと取るか。人それぞれだけど、両方だと思ってもらえれば面白いよね」。あたりまえを、ぜいたくに。ぜいたくを、あたりまえに-。(塩塚夢/SANKEI EXPRESS

 ■きくち・しょうた 1961年、秋田県横手市生まれ。88年、週刊少年チャンピオン(秋田書店)にてデビュー。代表作「おせん」(講談社/モーニング・イブニング)、「きりきり亭主人」(日本文芸社)など。食や日本の伝統文化、釣りなどを主題にした作品が多い。近年、ギタリストとして音楽活動開始。

「あたりまえのぜひたく。」(きくち正太さん著/幻冬舎、1100円+税)

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