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メインストリームに媚びない ベネトングループの「ファブリカ」

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メインストリームに媚びない ベネトングループの「ファブリカ」

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Fabricaの(c)  イタリアにおいて(もちろん、その他の欧州諸国も同じだが)、新卒での就職機会は極めて限られている。コネか中途採用が主流のマーケットにあって、「何も業界のことは分かりませんが、誠心誠意頑張りますので、どうぞ宜しくお願いします」と頭を下げても職を得るのは難しい。就職するには、皮肉な話かもしれないが「職業経験」が必要なのだ。

 ベネトングループの創立者であるルチアーノ・ベネトンは苦労人であったが、この「職業経験」がないことが如何に若者の夢を奪い、経験をもてばどんなに道が開けやすくなるかを痛感していた。そこで「経験をもつ」ために用意された場所が、イタリアのトレヴィーゾにあるファブリカである。

 ファブリカはグループ本社とは別個の組織で、コミュニケーション・リサーチセンターという機能をもつ。1年だけ在籍する世界中から選ばれた25歳以下の約40人のクリエイターたちは、「ファブリカという学校の奨学生」である。居住国からの往復航空券や家賃あるいは毎月の「小遣い」をもらい、実践トレーニングを受ける。それでも財団でもなく一民間会社である。

 ベネトンのファッションデザインには拘わらないが、ケースに応じて協力することもある。最近では中国主席と米国大統領など、世界各国の反目しあう(とされる)リーダー達がキスする「UNHATEキャンペーン」ポスターを作ったのがファブリカだと説明すれば「ああ、あれを作った人たちか!」と分かるだろう。

 「抵抗」「市場」など現代社会のテーマを写真と文章で深く切り込む雑誌『カラーズ』の出版、直近ではレバノンの歴史と文化をリサーチしてカタチにしてデザインギャラリーで販売するプロダクトデザイン、スカーフをとってタバコを吸う女性や外に散歩に連れていけない犬と生活を共にする男性など、外国人がその場に出かけても決して見えないイランの生の生活を写真集に収めた『イランの居間』(当然、イラン国内では禁書である)を出版した写真の部署など、どこのセクションもとても刺激的な活動をしている。しかも、どれも「深さ」がある。

 もちろん40人の「生徒」をまとめ、世界のクリエイティブ最前線のビジネスに仕立て上げるプロのディレクターとコーディネーターが20人ほどいる。が、毎年更新する「スキルはあるが経験のない」クリエイターを束ねて高い水準のアウトプットをどうして維持できるのか。しかも、ここにはマニュアルなるものはない。あるのは1600年代の貴族の館と20世紀末にできた安藤忠雄設計の図書館を含む心地よい空間である。

 一つヒントと思えることがある。アート、デザイン、音楽、歴史、社会学、料理…など関連ジャンルを網羅している図書館に「政治」や「国際関係」という項目の本棚はない。しかし、彼らの作品は決してリアルな政治から遠くない。いや、傍からみれば政治のコアに接近している。雑誌『カラーズ』のアート特集には北朝鮮の「将軍」の銅像の製作を一手に行っているアーティストが紹介されている。しかし、「政局」からは遠い。

 彼らの現実へのアプローチには凄まじいものがある。

 ファブリカは毎月三桁の「入校希望者」から、特に政治や社会への意識や関心が高い人材を選んでとっているわけではない。が、社会をとてもシャープに切り取る。それがぼくにとって不思議だった。国連やユニセフなどとのコラボレーションが多いからか? 単にディレクターの志向なのか?

 そうではない。ファブリカは目の前にあることをありのままに見るトレーニングをしているのではないか、とこの図書館の書棚を眺めながら思った。多様な文化を背景にしているメンバーたちとお互いのバイアスを落としあう。それもいわゆる「インターナショナルスタイル」「グローバル戦略」という名のブランドのためではない。メインストリームに媚びない。

 ファブリカを理解する鍵は「オープンであることに対する執拗なまでの追求」ではないか。世界にある数多ある隙間にこそ見えてくる現実の威力は、閉じた目には見えない。オープンであることは結局において最強の武器である、ということをベネトンはよく分かっているから、このセンターの力を信じるに違いない。 

 生徒はファブリカでこういう「職業経験」をする。繰り返すが、ここは財団ではない。利益を追求する株式会社である。

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