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「なまり節ラー油」が示唆するもの グローバルとローカル

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「なまり節ラー油」が示唆するもの グローバルとローカル

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高校生が試食  気仙沼の高校生たちが発案した「なまり節ラー油」という食品がある。まだ仮の名前だ。鰹節より燻す回数が少ない「なまり節」を原料としたラー油ベースの調味料である。先月ぼくも試食させてもらったがクセになりそうだ。今秋、地元の大人たちの協力も得て商品として発売される見込みである。

 高校生が食品づくりとは意外だ。

 東京大学にイノベーション教育の場としてi.school というプログラムがある。i.club はここから誕生した。どこの地方も若手の地元離れに頭を抱えているが、i.clubは高校生を対象に地域の将来を担うリーダーを育てることを目的としている。i.schoolを終了した25歳の小川悠さんが代表をつとめ、現在、気仙沼と会津の高校生たちと活動中だ。そのひとつが「なまり節ラー油」である。

 しかし、なぜ「なまり節」というドライフードなのか?これには少々ストーリーがある。

 一昨年の秋、i.schoolディレクターの田村大さん(現在、株式会社Re:public共同代表)と学生有志が集まってMaruプロジェクトが生まれた。マルとは船名につく丸である。出港した船が実りをもって帰港することを祈って丸とつける。震災後の気仙沼を発信地として世界各地で生まれた実りを持ち帰ろうとの趣旨で本プロジェクトはスタートした。

 第一回目のミーティングに立会って以来、ぼくもいろいろとサポートしてきた。昨年4月にはミラノで大学生同士がワークショップを行い、南イタリアのバジリカータ州を訪れ地域活性化を推進する人たちと交流をもった。前述の小川悠さんは学生のリーダーだった。

 そこで彼らが発見したことがある。

 いや、正確には「再発見」だ。 

 塩漬けの干物にした鱈を戻しエキストラ・ヴァージン・オイルをかけて食べた味が忘れられなかった。宿泊先のレストランのメニューの一つだ。「乾物はこんなにも美味なのか!」と彼らは驚き、そして考えた。

 もしかしたら鮮度の高さが一番という考え方に侵され過ぎているのではないか? 特に気仙沼のような港町ではその傾向が強く、新しい発想を生む阻害になっているのではないか? と。

 しかも首都圏を市場とした場合、鮮度競争を行えば静岡の焼津のほうが有利だ。気仙沼は輸送にかかる距離で劣勢だ。

 日本で、いつからか寿司は大衆的な食べ物になった。子供にも人気だ。「新鮮が一番」との神話が行きわたる。生魚は鮮度がよいに越したことはない。しかし鮮度の低い魚の利用率低下は廃棄される魚の増加を意味する。一方、ドライフードの地位低下がもたらす社会の弱点を正面から見据えてこなかった。そのことに学生たちは気づいた。

 このバジリカータの経験から、持続性ある社会を目指すには「なんでも鮮度がベスト」という価値そのものを見直すべきではないか、との問題提起を彼らははじめた。

 気仙沼の高校生たちがi.club でドライフードのレシピ研究をはじめたのは、こういう経緯が背景にある。

 先日の記事で、日本の人たちが「グローバル」という言葉にあまりに振り回され過ぎていることを書いた。同時に異文化経験のある人達が地域の活性化に注力を始めている動きも紹介した。「英語のプレゼンの方が得意」という小川さんも、その例に違わない。

 子供の頃、8年間を英国で過ごした彼はずっと「グローバル」に憧れをもっていた。しかし東日本大震災後をきっかけに、「グローバルで活躍する」意味を考え始めた。

 「なぜ『グローバルだけに』こだわるのか?と考えるようになりました。大事なのは、グローバルかローカルかと天秤にかけるのではなく、両方について考えることだと気づきました」と小川さん。

 イタリアでドライフードの意味に気づいたように、異なる地域での体験が自分のローカル価値の再発見を促す。

 「日本には異文化の視点を入れることで、イノベーションの原動力となる宝がちらばっています」と語る。

 「なまり節ラー油」が示唆する範囲は広い。ぼくたちが「当たり前」と思っている価値を一つ一つ検証していくきっかけをつくってくれるのではないか、と期待している。

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