ニュースカテゴリ:政策・市況
海外情勢
風景の番人としての決断 いつの時代でも変わらない至高の価値
更新
プレス発表 横浜みなとみらい21ができる前の1980年代の横浜。
三菱重工横浜造船所や貨物線などが取り払われたら、新しい建造物をつくるのではなく、何もない公園にしたらどうかとの提案が市民の間にあった。次の世代が使い道を考えるための空き地としてとっておきたいとの思いである。
当時の横浜市長との話し合いなどでも、そういう意見は出た。しかし計画通りに再開発は進み、結果はみなさんご存知の通りの風景になっている。
ぼくも市長との話し合いに参加した市民の1人だった。プロジェクトにたいした貢献もできない若造ではあったが、「次世代が考えるスペース」とのコンセプトに賛同していた。夢は実現しなかったが、現在の風景を次の世代にどう繋げていくかとのテーマは、20数年間、ぼくの頭の片隅にずっと残っていたようだ。
「ようだ」と推測で書くのは、このエピソードを先週、急に思い出したからだ。
11月26日、ミラノのピッコロ・テアトロという劇場においてブルネッロ・クチネッリ氏がプレス発表した。本社近くの工場を解体して公園にするとの内容だ。詳しくいえば、本社のある丘から見える麓に他社の工場群が使用されないままになっているので、これらを視界から消去することにしたのである(画像を参照のこと)。
丘上の崩れ落ちた中世の街、ソロメオを再生させ本社をおき、その周囲には劇場や学校などをつくってきたファッションブランドの創始者、ブルネッロ・クチネッリ氏。風景の番人としての決断だ。それも企業としてではなく、自身の家族で運営する財団が主体である。
ブルネッロ・クチネッリは急成長を遂げてきた。年間売上400億円以上の規模としては中堅企業であるが、エルメスと同等クラスのトップブランドの地位を築いている。(同社の経営哲学については、拙著『世界の伸びている中小・ベンチャー企業は何を考えているのか?』に詳しく書いた)
ピッコロ・テアトロの壇上にはブルネッロ・クチネッリ氏とソロメオ再生プロジェクトを共に行ってきた盟友が立った。そして、昔ながらの風景を甦らせる「美しさのためのプロジェクト」を発表したのである。広さにして約11ヘクタールのスペースだ。
子供たちがサッカーボールを追いかけるグランドが用意され、野菜などを育てる畑も生まれる。
ぼくが20数年前の横浜を想起したのは、言うまでもなく、こういうスペースの利用方法に感銘をうけたからではない。建造物を解体して自然に戻すのは世界の美しさへの責任であり、次の世代の人たちにより美しい風景を伝承するのが今日の自分の努めである、とのクチネッリ氏の考え方に「時が巡ってきた」と感じたからである。
特に、スクラップ・アンド・ビルドが文化的特徴となっている日本とは正反対に位置する、古くからの建物の伝統維持が優先されるイタリアにおいてこういう判断がなされたことに唸った。
イタリアの建築家は修復の仕事が多い。例えば、古くからの建物の歴史に現代の自分がどのような1ページを加えるか。この視点が強く要求される。何百年もの時間が流れていなくても、数十年でも同じだ。戦後の高度成長期に作られた工場や倉庫も産業遺跡としてコンテンポラリーなデザインと用途で甦る。
しかし、不要になったものを無理に残すことに意義があるのか? 自然豊かな地方都市に経済成長を優先し、不格好なカタチで残った工場を視界から消すことこそに尽力すべきではないか? 時代は変わったのである。
このような問いかけがあったのだ。現代に加えられるべき1ページとは、必ずしも現代の装飾を施すことではない。過去にあった価値を復活させることも含むのである。一度、カタチになったものを潰すのは、もしかしたら歴史に断絶をつくるのではないか、との迷いにかられるかもしれない。
しかし、大地が生き生きとしている自然こそに至高の価値が潜んでいる。これは、いつの時代でも変わらない。一地方の小さな土地の問題と見過ごすには大きすぎるテーマをつきつけられている。