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「美しい遺伝子」で感じる ダイバーシティへの理解と行動
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(C)Fabrica 2011年9月、世界で一番大きな精子バンクが赤毛のドナーの受け入れを中止していたとのニュースが流れた。赤毛の精子の需要があまりに少ないというのが理由だった。このバンクは70か国以上のクリニックや個人に対して精子を提供している。
冒頭の方針はその後撤回されたが、1人の若いイタリア人女性がこの問題の行方を追い始めた。そして色々な事実が見えてきた。
現在、年間約1万人の赤ん坊が人工授精で誕生している、と推測される。1991年、人工授精の顧客は全員がヘテロセクシュアル(同性愛者に対する反対語としての異性愛者であり、ストレートとも表現される)であったが、現在では50%がシングルの女性、残り40%が異性愛者で10%が同性愛者であるが、今後もシングル女性の比率の上昇が予想されている(ただし、シングルの中に同性愛者であるとカミングアウトしていない人を含んでいる可能性はある)。
異性愛や同性愛のカップルとシングルの女性が精子に求める傾向は異なる。カップルの場合はカップルの片方か両方に似ているドナーをリクエストするが、シングルの場合は魅力ある健康で学歴も高いドナー「夢のプリンス」を求めることが多い。
そして精子バンクはネットでのクリックの世界になっている。希望する条件をアイテムごとに追っていくと、希望のドナーのプロフィールを知ることができるし声も聞ける。価格情報も掲載されている。
何世紀もの長きにわたり差別的に扱われてきた赤毛は、この流れのなかで「排除」される危機に直面している。そう認識したカメラマン、マリーナ・ロッソさんは保全遺伝学の見地から活動をスタートした。因みにロッソはイタリア語の赤だが、彼女は赤毛ではない。
彼女がまず行ったのは、赤毛の人たちの「多様性」の整理だ。どう分類してマトリックスが作れるのか?性別(男女)、身長(高低)、体格(がっしりしているかどうか)、目の色(ブルー、ブラウン、グリーン)、髪のタイプ(直毛か巻き毛)から48種類のパターンを作った。
そして、これらの48種類の人を探す旅に出た。赤毛の人は南ヨーロッパよりも北ヨーロッパに多い。6か月間、彼女はイタリア、英国、アイルラド、ベルギー、ドイツ、オランダ、スウェーデン、ノルウェー、ポーランドと合計204人の顔写真を撮影した。47種類のパターンは集めることができた。
これらの結果が一冊の写真集『美しい遺伝子(The Beautiful Gene)』になり、現在、ミラノのレオナルド・ダ・ヴィンチ記念国立科学技術博物館で写真展が開催されている(4月16日から6月3日まで)。リサーチから写真集や展示会の費用は、ロッソさんが在籍していたベネトンのコミュニケーションセンターであるファブリカから出ている。
ぼくはオープングの日に出かけてきた。
顔の写真の横には、どのパターンの人物であるかが記載されているが、名前も年齢も国籍も分からない。ただ裸の肩から上の真正面からの顔写真が並んでいる。正直いうと、人の顔をこういうアングルで撮影するとあまり美しいものではない。証明写真がいい例だ。だからこそ人の身体的な特徴が生々しくみえる。
「実際はとっても美人なのですけどね」とロッソさんは話す。
ぼくは赤毛の人たちが、こういうプロジェクトをどう受け止めているのかを知りたかった。そもそも赤毛がヨーロッパの社会のなかでどういう存在であったのか、ぼくはまったく知識をもっていなかったのだ。赤毛の子供が生まれると親がどれだけ精神的負担を強いられるかというのは、この日初めて知った。
「これまで少数派としていろいろなつらさに耐えてきた人が多いので、赤毛がクローズアップされることを非常に喜んでくれました」とロッソさんは明るい声で答える。子供の頃から赤毛を理由に仲間外れの目にあってきた男性からは感謝され、赤毛の小さな娘をもつ母親は「あなた一人じゃないのよ」と勇気づけるきっかけになったという。
ダイバーシティが大きな声で叫ばれる。しかし、この『美しい遺伝子』でみるように、そのダイバーシティから皆が連想するマイノリティにも入らないグループが世界には沢山ある。ダイバーシティへの理解と行動は、今までに気づかなかった一つ一つの少数グループにリアリティを感じたときがスタートだ。