『忘れられた詩人の伝記父・大木惇夫の軌跡』宮田毬栄著(中央公論新社・4600円+税)【拡大】
生死の極限を強いる海戦体験が、詩心に点火した。このわずか16行の漢詩的七五調の詩は、現地陣中新聞『赤道報』に発表され、詩集として出版。戦死を自らに納得させねばならなかった若人たちに、甘哀しい引導をわたすエレジーとなった。
作家の山口瞳は、この詩が収められている詩集を携え、「戦友別盃の歌」は暗記して入隊した。美しく生き、美しく死にたい当時の青年には、この別離が実感だったと、山口は書いた。
敗戦。時局便乗者は生きのび、画家フジタ(藤田嗣治)は戦争画非難を浴び、日本を去る。著者は、戦意高揚詩を書いた詩人の娘だと弾劾もされ、自らも沈思した。
惇夫は一度だけ「戦争の狂気よ、知性を蝕んだ熱波よ」と書き、沈黙を通した。著者は、父の誠意と「戦友別盃の歌」が、時代の疼(うずき)を自己同一化した絶唱だったと受容し、敗戦70年目に、娘として父の生涯と作品の全てを、自分史と絡めて開封し、見事に昇華させた。(中央公論新社・4600円+税)
評・水口義朗(文芸評論家)