午後10時にグラウンドの貸し出しを要請し、午前3時までにPVカーやアンテナ工事を手配。早朝から職員総出で設営し、実現にこぎつけた。Kスタ宮城で優勝を見られなかったのは、不測の事態に備えて競技場でPVを見守ったためだ。
東北各地で開催されたPVは、どこも盛況だった。仮設住宅でも被災者が一つに集まって日本一の感動を味わう光景があった。
「震災後、被災地の何千、何万もの人が一つの方向で感動することがなかったから特別大きな喜びを届けることができたのでは」
遡(さかのぼ)れば選手会長の嶋基宏選手(28)は震災後初の本拠地開幕戦でこう訴えた。「東北の皆さん、絶対に乗り越えましょう、今、この時を。絶対に見せましょう、東北の底力を!」
あの言葉を思い起こしながら、揺るぎない信念も生まれた。「日本一はまさに、ファン、選手、職員の一人一人が何とか被災地の東北を盛り上げようと底力を出し尽くした結果だと思う」(河合龍一/SANKEI EXPRESS)