震災後に引っ越した今の家からは、海は見えない。
あの日、入試時期で高校が休みだった盛人さんを置いて、両親はそれぞれ仕事に出た。弥生さんはその日に限って、息子の昼食にてんこ盛りのチャーハンを作った。上機嫌の盛人さんが弥生さんに言った。
「お昼が楽しみ」。それが最後の会話となった。
激しい揺れの後、弥生さんは自宅に戻ろうとして「ジュースの1本もないとかわいそう」と自動販売機でジュースを買った。みぞれが降り始めた。そのとき漫然と「息子はいないかもしれない」と思った。
トンネルを抜け、飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。海も道路もがれきだらけ。盛人さんを捜し回ったが、見つからない。急ごしらえの遺体安置所で、物言わぬわが子と対面したのは翌日だった。元気な17歳に育ったのに…。
なぜ逃げなかったのか。両親の疑問は半月後、氷解する。警察から「福祉施設の男性が盛人さんを捜している」と連絡があり、男性の話で、あの日の盛人さんの行動が明らかになった。
揺れの後、外に出た盛人さんは、土地勘がなかった男性に声を掛け、「手伝いますよ」と施設のお年寄りを担架で高台のホテルまで運んだ。その後「じいちゃんとばあちゃんを助けに行く」と言い残し、海の方へ戻っていったという。