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【東日本大震災3年】息子は最期まで精いっぱいやった (2/4ページ)

2014.3.12 10:05

福島県いわき市の豊間地区の追悼式典に出席した工藤功さん(右)弥生さん夫妻=2014年3月11日午後(道丸摩耶撮影)

福島県いわき市の豊間地区の追悼式典に出席した工藤功さん(右)弥生さん夫妻=2014年3月11日午後(道丸摩耶撮影)【拡大】

  • 津波で亡くなった工藤盛人(もりと)さんが小学2年の時に書いたアルバム。「自分の家のことまもります」と書いてある=2014年2月26日、福島県いわき市(道丸摩耶撮影)
  • 津波で死亡した福島県いわき市の工藤盛人(もりと)さん(両親提供)

 震災後に引っ越した今の家からは、海は見えない。

 あの日、入試時期で高校が休みだった盛人さんを置いて、両親はそれぞれ仕事に出た。弥生さんはその日に限って、息子の昼食にてんこ盛りのチャーハンを作った。上機嫌の盛人さんが弥生さんに言った。

 「お昼が楽しみ」。それが最後の会話となった。

 激しい揺れの後、弥生さんは自宅に戻ろうとして「ジュースの1本もないとかわいそう」と自動販売機でジュースを買った。みぞれが降り始めた。そのとき漫然と「息子はいないかもしれない」と思った。

 トンネルを抜け、飛び込んできたのは衝撃的な光景だった。海も道路もがれきだらけ。盛人さんを捜し回ったが、見つからない。急ごしらえの遺体安置所で、物言わぬわが子と対面したのは翌日だった。元気な17歳に育ったのに…。

 なぜ逃げなかったのか。両親の疑問は半月後、氷解する。警察から「福祉施設の男性が盛人さんを捜している」と連絡があり、男性の話で、あの日の盛人さんの行動が明らかになった。

 揺れの後、外に出た盛人さんは、土地勘がなかった男性に声を掛け、「手伝いますよ」と施設のお年寄りを担架で高台のホテルまで運んだ。その後「じいちゃんとばあちゃんを助けに行く」と言い残し、海の方へ戻っていったという。

GReeeeNを歌わせたらピカイチだった

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