「どうして一緒にいてやれなかったのか悔やんでいたけれど、最期まで盛人が精いっぱいやったと知って、少し納得できました」と、弥生さん。
息子が残したかけらを拾い集める日々は続いた。
友人から「GReeeeNを歌わせたらピカイチだった」と聞いたときは驚いた。机の引き出しに鍵をかけ、親への隠し事も増える年頃。息子のカラオケなど、両親は一度も聞いたことがなかった。
震災時に家に遊びに来ていた別の友人は盛人さんにバスで逃げるよう言われ、バス停まで送ってもらったと証言した。お年寄りを助けたのはその後だろう。
仲違いしたまま永遠の別れを迎えた友人は「今度会う時仲直りできるといいね」と書いた色紙を両親に託した。友人の話には、両親が知らなかった盛人さんの姿が多くあった。
今年1月、同級生は成人式を迎えた。「盛人も一緒に連れていくから」と友人が写真を持って参列してくれた。友人たちの中に盛人さんは確かに生きている。
アルバムをめくると、思い出話をすると、どうしようもない寂しさが募る。それでも、母はこう思う。
「忘れられちゃうほうが寂しいもの」
家族や友人に囲まれ、愛され、あの日まで確かに息子は生きていたのだから。(道丸摩耶/SANKEI EXPRESS)