函館のトラピスト修道院の庭で、自著『僕の音、僕の庭』を手にする井上鑑。この静かな風情の奥に、実に自在な音楽力とすこぶるラディカルな思考が秘められている=北海道・函館市(小森康仁さん撮影、松岡正剛事務所提供)【拡大】
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冬樹社という小さな版元があった。坂口安吾、岡本かの子、山川方夫の全集を刊行し、月刊誌「カイエ」やポストモダンな季刊誌「GS」なども手掛けていた。そこからふいに井上鑑(いのうえ・あきら)がプロデュースした『カルサヴィーナ』がカセットブックとして結晶のように上梓された。松田行正君がデザインしていた。1984年のことだ。
タマラ・カルサヴィーナは、ニジンスキーとともに天才興行師ディアギレフが生んだバレエ・リュスの踊り手である。井上鑑はこのイメージを追いかけて、作曲と本作りに挑んだ。佐野元春との収録対談を読むと、このころの井上は「踊るもの」に強いバイブレーションを感じていたようだ。
それから四半世紀、その鑑さんに本を書いてみたらと勧めたのはぼくだった。そのころ2人は藤本ペコちゃんを加えて、いろいろなシーンづくりの仕事をしていた。すればするほど、このミュージシャンが言葉と音楽と文化を多重に解読していることがわかった。ぜひ、その世界をみんなに広めてほしいと思った。こうして『僕の音、僕の庭』ができた。