この、極端に現実離れしていない、という雰囲気が実に良く、読み手の想像力をかきたてます。私たちの日常にも、こんなことがあるのでは、もしかしたら明日それは起こるのではという期待を呼ぶのです。
表題作にもなっている『ゲイルズバーグの春を愛す』もそうですが、収録作品の多くで、過ぎさって二度と戻らない過去の世界が垣間見えます。そのノスタルジックなテイストも良いです。とにかく異世界としての過去のみならず、現実にはありえないだろうという要素に満ち満ちた『あちら側』に、登場人物たちは特別ななんらかの手続き-彼らが現実の外側へ行こうという意思的な画策-なしに触れます。ごく当たり前に、現実のすぐ隣、地続き的にもう一つの世界が待っているのです。押しつけがましくない自然さで。
作品によって、そのつながりがもたらす現象は、少し怖かったり、ほのぼのとしたり、ニヤリとさせられたり、あるいは切なさに胸が震えたりと、10編の作品それぞれ魅力的な読み味があります。そして、なによりこの短編集の素晴らしいところは、現実世界へ背を向けることをいさめていない点だと思います。「現実がつらいのなら、別の世界があったっていいじゃない」「なんなら、そっちのほうへ行っちゃってもいいじゃない」、そんな印象を受けます。