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本音で、戦争と敗戦と戦後を綴った日記 戦中派「山田風太郎」の不戦・焼け跡・闇市・動乱日記 松岡正剛 (2/5ページ)

2015.8.16 14:00

【BOOKWARE】編集工学研究所所長、イシス編集学校校長の松岡正剛さん=9月14日、東京都千代田区の「丸善丸の内店内の松丸本舗」(大山実撮影)

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 『戦中派不戦日記』は昭和20年の日記だ。いぶし銀のように黒光りしている。1月1日に「運命の年明く。日本の存亡この一年にかかる。祖国のために生き、祖国のために死なんのみ」と綴り、12月31日に「日本は亡国として存在す。われもまたほとんど虚脱せる魂を抱きたるまま年を送らんとす。いまだすべてを信ぜず」と結んだ。一切の削除も添削もせず、この不戦日記が公刊されたときは、当時の作家も知識人もマスメディアも頭(こうべ)を下げるしかなかった。

 その後、昭和21年の『戦中派焼け跡日記』が、続いて『戦中派闇市日記』『戦中派動乱日記』『戦中派復興日記』が公刊され、風太郎がどんなふうに敗戦と戦後を感じていたかが、赤裸々に伝わってきた。『焼け跡日記』には1月16日に「今の日本の新聞は何処の国の新聞か分らない。今の日本の壇上で叫ばれる口、今の日本の紙に書き殴られる筆は何処の国ものか分からない。寂しい。寂しい。あんまりひどい。あんまり惨めだ」と書き、3月7日には「新憲法制定さる。戦争は永遠に放棄。痴人のたわごと」と書いた。日記を綴り始めた昭和17年から2年分の『戦中派虫けら日記』も公開されたが、ぼくは傷ましくてゆっくり読めなかった。

戦争を直截に感じた告白

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