新潟は読んで字のごとく、「新しい潟」である。この地は信濃川、阿賀野川という日本を代表する大規模河川の河口にあたり、山から運ばれる大規模な土砂によって形成された砂地からなっている。ゆえに各所に大小の潟が残された湿地帯であったことに由来する。しかしそのままでは生活に適さないから、この土地に移り住んだ者は懸命の努力を重ねて、悪条件に耐え、やがて排水や水管理の土木技術が発達し、ようやく現在の発展を得た干拓地なのだ。なにせこの一帯では、24時間稼働でポンプが海へと排水を続けている。長期にわたり止まってしまうことがあれば、たちまちあたり一面水浸しになってしまう。いわば人工の都市なのである。
このなかば自然、なかば人工という新潟市の抱える環境を象徴する存在が「潟」なのだ。かつて、この地に多く存在した潟は、その大半が埋め立てられ、跡形もなく姿を消してしまったけれども、いまでもところどころにその名残を残し、人々が暮らした生活拠点の記憶を保存している。今回の芸術祭では、そのうち4つの潟=福島潟(ふくしまがた)、鳥屋野潟(とやのがた)、佐潟(さかた)、上堰潟(うわせきがた)と、これに加え日本海を望む砂丘の上に立つ旧二葉中学の校舎跡が主たる会場(ベース・キャンプ)に充てられている。