バンダレ・アンザリーという港町へ。カスピ海でとれた地魚を薫製にして売るマスウード・カーヴェさんは、日本に出稼ぎに行った経験を持つ。来日した1991年、イランから日本への入国者は5万人、上野公園や代々木公園は毎週末、出稼ぎに来ていた人々で溢(あふ)れかえっていた。マスウードさんが東京都内の車の町工場で働いていたときの写真を見せてくれた。社長はやさしい人で、いつも気遣ってくれた。「『よくしてくれた仲間たちは、僕の人生の宝物です』という話を聞き、本当に嬉しかった」
マスウードさんは高校生のときに徴兵され、イラン・イラク戦争で2年間、戦場に赴いた。政府は復員兵士の雇用を促進するために、出稼ぎを奨励。バブル経済に湧く日本は、あこがれの場所だった。バブル崩壊後、帰国をよぎなくされ、ヨーロッパの国々を転々とし、出稼ぎを続けた。イギリスからの国際電話でプロポーズ、2003年に結婚し、一人の息子を授かった。