あらためて強調したいのだが、ぼくは建物も庭も、床の間も本も、服飾も音楽も、すべては「端」(はし)が決め手だと思ってきた。エッジや「際」(きわ)が生きていないデザインは「できそこない」なのだ。つまりは端が「際立つ」ことがわからないようなデザインは、実は何がセンターであるかもわかっていない仕事なのだ。サッカーやラグビーでいうならウィングの動向が決め手なのである。
デザインだけではない。文章や編集や映像にも、礼儀や人生にも「端」や「際」が重要だ。際に迫る「仕切り」こそが仕立てであって、端の「仕込み」こそが仕事なのである。(編集工学研究所所長・イシス編集学校校長 松岡正剛/SANKEI EXPRESS)
■まつおか・せいごう 編集工学研究所所長・イシス編集学校校長。生粋の書物フェチであり、文章もさることながら本の造形にも強いこだわりを持つ。「小口」にはめっぽう弱い。特に「見開き」をこよなく愛し、「見開主義者」を自認している。最新の千夜千冊:1595夜ニコラス・ハンフリー「ソウルダスト」(http://10 00ya.isis.ne.jp/)