「大阪市役所の組合を市民感覚に合うように是正、改善していく」とグレートリセットを掲げた橋下徹市長(当時)。対職員・組合施策をめぐる訴訟の1審では、いずれも市側が敗訴したが、2審段階では逆転勝訴や軌道修正もあり、組合側の完勝はアンケート訴訟ぐらいに…。市民はどう評価する?【拡大】
だが、それは事実ではない。市によると、任期中に起きた訴訟件数は平松時代の1293件に対し、橋下市政下ではわずか616件だ。
この数字には市が原告になっているものも含まれ、市営住宅の家賃滞納者に立ち退きを求める訴訟が大半。
この明け渡し訴訟を除いた件数では平松氏306件、橋下氏276件だった。細かい内訳のデータは出していないようだが、少なくとも橋下氏が市長になって訴訟が乱立したというのはイメージに過ぎない。
ラウンド1、組合事務所退去訴訟=△
組合との対決に話を戻す。橋下氏の対労組施策の象徴ともいえるのが、庁舎内から労組事務所を退去させたことだ。
職員労組の各事務所は地下1階にあった。組合側の使用許可申請を市が認める慣行になっており、市労連の場合は昭和57年から事務所が置かれてきた。
橋下氏の方針により24年度からこの使用許可が下りなくなり、退去を迫られた市労連や傘下の連合系労組など6団体が処分の取り消しを求めて大阪地裁に提訴した。