実は8年7カ月のCOO在任中に、志賀がゴーンと同じ壇上に立ち、会見に臨んだことは就任時を除いて一度もない。日本向けの新車販売の発表会などは志賀が大半を取り仕切り、ゴーンは経営発表会見を主に手掛けた。
ゴーンを経営の師と仰ぐ志賀は、出会った当初から“女房役”が自らの役割だと自覚していた。業務分担以上に、一歩引いた立場で「番頭」としての務めを貫くことができたのだ。志賀はいう。
「あうんの呼吸だったね。彼がいいそうなことはいつも頭に入っていた」
志賀は、2011年3月11日に発生した東日本大震災でも、留守を預かる「番頭」として危機対応の陣頭に立った。
「業界が一丸となって再開を目指したい」
日本自動車工業会会長だった志賀は、震災から1週間足らずの17日、定例会見でこうアピールした。