昭和の風景…百貨店から姿消す遊園地 「定番」からテラスなど新発想に (4/8ページ)

2015.7.3 07:00

近所の公園の感覚で、平日も子供連れのお母さんらが訪れる東急プラザ蒲田の屋上遊園地「かまたえん」=東京都大田区

近所の公園の感覚で、平日も子供連れのお母さんらが訪れる東急プラザ蒲田の屋上遊園地「かまたえん」=東京都大田区【拡大】

  • 戦後再開した松屋浅草店の屋上遊園地。戦後復興のシンボルにもなった=東京都台東区(松屋提供)
  • 百貨店の屋上のイメージを変えた西武池袋本店の「食と緑の空中庭園」=東京都豊島区
  • 「浅草エキミセ」の屋上広場。見晴らしも抜群の観光スポットだ=東京都台東区

 経営合理化の流れで

 屋上遊園地は先の大戦下でいったん姿を消すが、戦後に再開し、下町の百貨店から、全国の鉄道系のターミナル百貨店、富裕層が中心だった銀座の百貨店に広がった。

 しかし、高度経済成長期を経て、テーマパークの登場や価値観の変化、百貨店の経営合理化の流れの中で、90年頃には徐々に規模を縮小し、そのほとんどが姿を消していった。

 戦後、進駐軍の接収を免れた松屋浅草店は46年、1階の売り場に併設して遊園地「スポーツランド」を再開した。49年には屋上に60人乗りのゴンドラ「スカイクルーザー」が設置され、人気に。夜はネオンに輝く姿が浅草の夜空を彩り、戦後復興のシンボルにもなった。

 53年に松屋に入社した松屋150年史編集準備室の佐柳寿雄(ひさお)さん(80)は「飲食店や娯楽の集まる浅草では、銀座店とは違う大衆百貨店にする狙いがあった。買い物客だけでなく、地元の子供たちは親からチケットをもらい、一日中遊んだ」と話す。

ワンフロアを使った直営の大食堂も注目を集めた

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