井伏が落ちた理由はいまだに詳(つまび)らかになっていない。原爆文学とはいえ、1982年の時点の話なのだが、前途多難だったのだ。いまでも中沢啓治の『はだしのゲン』の蔵書や展覧が図書館の問題になっている。
先日、ぼくは広島出身の為末大君らとともに、三菱商事・リクルートなどのビジネスマン30人を連れて原爆記念館を訪れた。みんな押し黙っていたが、誰も『黒い雨』を読んでいなかった。まだ戦後は終わっていないようだ。
【KEY BOOK】「黒い雨」(井伏鱒二著/新潮文庫、680円)
連載当時は『姪の結婚』だったが、途中から『黒い雨』に変更された。めずらしいケースだ。重松静馬の『重松日記』と被爆軍医だった岩竹博の『岩竹手記』がもとになっている。ストーリーは上にかいつまんだようになっているが、のちに猪瀬直樹は「井伏は重松日記を引き写したにすぎない」と批判した。こうした点が議論になって、全16巻予定の「日本の原爆文学」が15巻になったのだった。しかし、ぼくは『黒い雨』を誰もが読むべきだと思っている。