ぼくは『たけくらべ』にやられた。胸がきゅんきゅんして、一葉のフラジャイルな表現に驚き、その削いだ文体に感応した。が、その後、あれこれ読むようになって、大晦日の軽はずみな罪の思い違いを描いた『大つごもり』も、お力と源七の片割れ無理心中を物狂おしく綴った『にごりえ』も、直次郎がお蘭の婚約者の暗殺を決意する『暗夜(やみよ)』さえ、いとおしくなった。
いまでは樋口一葉こそが、日本の女流文学のすべての原点で、日本の少女マンガの源流で、かつ、ユーミン、中島みゆき、椎名林檎のルーツだと思っている。一葉は五千円札の中なんかに、いないほうがいい。
【KEY BOOK】「にごりえ・たけくらべ」(樋口一葉著/新潮文庫、391円)
『たけくらべ』は少年少女文学としても、フラジャイルな作品としても、少女の邪険を描いた作品としても、傑作中の傑作だ。当時、このような少女の気持ちを絶妙な題材にしたものはなかった。加えて、少年と少女の目に映った下町の情緒や祭りの明滅が描かれている。主人公は勝ち気な美登利で、やがて遊女になっていく宿命をもち、信如はやがて青年僧になっていく宿命をもっている。