芥川はどんなことでも書物から引き取れると考えていた。だから写実的社会にも自然主義リアリズムにも関心がない。まさにブックウェア型の編集才能に長けていた。ただし文芸や芸術に甘いぶん、哲学や科学からは恩恵を受けそこなった。そこが寅彦・宇吉郎を得た漱石とは異なった人生を急がせた。
「人生は一箱のマッチに似ている。重大に扱うのはばかばかしいが、重大に扱わねば危険になる」。この寸鉄で人を刺す箴言(しんげん)には、芥川のすべての価値基準があらわれている。『羅生門』の老婆の着物を剥ぎ取った下人、釈迦をすら非情にした『蜘蛛の糸』のカンダタ、変相図のために魂を売った『地獄変』の絵師、初期のこれらの作品から自殺した35歳の『河童』『或阿呆の一生』の書きっぷりまで、すべては形と趣向を変えた一箱のマッチだったのである。
芥川はこんな言葉ものこした。「僕はどういう良心も持っていない。僕の持っているのは神経だけである」。禅智内供もカンダタも良秀も、この神経のために、何かを得ようとして何かを捨てた者だった。それから十数年後、芥川自身がそのような主人公となって自害した。