【BOOKWARE】
不機嫌な少女だった。3歳でも一人ぼっちが好きで、口を利きたくない。樺山伯爵家の末っ子である。だから厳格に育ったが、これをついに撥ねのけて14歳でアメリカに行くと言ってダダを貫き、暴れん坊の白洲次郎のところへ行けないなら家出すると言い張った。フツーの男など大嫌いだった。
敢然と女人禁制の能舞台に立ったのも、一介の主婦などしていられなかったのも、あとから思えば「どうしてもあの中に割って入りたい、切り込んでも入ってみせる」と決断したかったからだった。「あの中」というのは何か。小林秀雄・青山二郎・大岡昇平・河上徹太郎たちの過激な「あの中」だ。
「あの中」で白洲さんは鍛えに鍛えられた。のべつ言葉で痛め付けられ、考え方も見る目も否定された。しかしそこから先は「韋駄天お正」の進軍なのである。銀座に出店した「工芸」を踏ん張り、東奔西走を厭わず、好きな場所に出向き、好きなものを作る人物に逢いまくり、そして丹念きわまりない文章を編み出していった。