ぼくは何冊目かに読んだ『十一面観音巡礼』で白洲さんを追いかけようと決めたのだが、白洲さんはいつだって「追っかけ」を欠かさない人だった。能の師の梅若実によって世阿弥に開眼してひた走っても、なお70歳を超えて能楽師・友枝喜久夫の「追っかけ」に徹した。しかし生涯を費やして追っかけたのは、骨董と和歌と神仏の正体だったとぼくは思っている。
ともかく「見方」が抜群に際立っていた。たんなる目利きとか観察が鋭いとかというのではない。なんというのか、すべてが「真底」なのだ。「ものを見る時も造る時も、五感のすべてを駆使しないと何にもなりません」なのだ。その一方で、つねにこう言っていた、「浅い愛や、誰にも届けられる愛なんて必要ない。誰にも届けられない愛だけが大事です」。そして、こうも言っていた、「本当に国際的というのは自分の国を深く知ることです」。
最近、ぼくは白洲さんが晩年に須恵器(すえき)に回帰していたことを、ずっと考えている。ついに“そこ”だったのかという思いだ。それなのに須恵器の近くにひそむものの正体がぼくにはまだわからない。今年は正月から「お須恵の正子」を考えこみたい。