スタジオジブリ・宮崎駿監督引退記者会見会見する宮崎駿監督=東京・吉祥寺(撮影:今井正人)【拡大】
--(フランスメディアからの質問)先ほどイタリアは好き、という話があった。フランスはいかがでしょう?
宮崎「正直に言います。イタリアよりも口に合いません。クリスマスにたまたま用事があって行ったとき、どこのレストランに行ってもフォアグラが出てくるんです。それがつらかった。ルーブル美術館はよかったですよ。料理はイタリアの方が好きです(笑)。フランスに(アニメ監督の)ポール・グリモーという人がいて、高畑監督の世代に圧倒的な影響を与えた。今見ても、その志や世界の作り方については本当に感動します。僕もいくつかの作品がきっかけになってアニメーターになろうと思いましたが、フランスの作品から大きな影響を受けました」
--東映動画(現・東映アニメーション)に入社してから半世紀。つらかったことは
宮崎「つらかったのは、どの作品でも、スケジュール。僕は終わりまで分かっている作品は作ったことがないんです。見通しがないまま(制作に)入る作品ばかりだった。つらかった、としかいいようがない。最後まで見通せる作品は、僕が(監督を)やらなくていいと思って企画やシナリオを書きました。スタッフは、(先が)分からないまま作業するのですから、よく我慢してやっていたなと思います。でも、それがジブリにとって意味があった。あがってくるカットを自分でいじくっていく課程で、映画への自分の理解が深まっていくことも事実。あまり生産性には寄与しない方式でしたけれども…。とぼとぼとスタジオにやってくる日々。50年、そういう仕事でした」