スタジオジブリ・宮崎駿監督引退記者会見会見する宮崎駿監督=東京・吉祥寺(撮影:今井正人)【拡大】
--「かぐや姫の物語」(高畑監督の新作)について
宮崎「まだ見ていない」
--「風立ちぬ」の最後のせりふを変えたと聞いたが
宮崎「最後は本当に煩悶しましたけれども、なぜか。とにかく絵コンテをあげないと制作デスクの女性が恐ろしいんです(笑)。とにかく絵コンテを形にしないとどうにもならない。でも、やっぱりだめだなと思いながら、絵があってもせりふはかえられますから、仕切り直ししたんです。最後の草原は、煉獄なんです。ダンテの『神曲』なんか読むからいけないんですね」
--今、達成感はあるか
宮崎「総括はしていません。自分が手抜きした感覚があったらつらいでしょうけれど、たどり着けるまではたどり着いたと思っています。振り向かないようにしてきました。同じことはしないつもりでやってきた」
--ジブリを立ち上げてから、日本社会はどう変わってきたかと思うか
宮崎「ジブリをつくったころ(1985年)は、日本が浮かれ騒いでいる時代だったと思います。経済的にもジャパン・アズ・ナンバーワン。そういうことに、僕は頭にきていました。頭にきていないとナウシカなんかつくりません。1989年にソ連が崩壊して、バブルが崩壊した。その過程で、ユーゴスラビア内戦など歴史が動き始めた。今までの作品の延長上に作れないとなった。そこで、僕や高畑監督は豚や狸を主人公にして切り抜けた。そこから長い下降期に入った。バブル崩壊とジブリのイメージは重なっているんです。その後、『もののけ姫』などずるずる作ったりしてきました」