スタジオジブリ・宮崎駿監督引退記者会見会見する宮崎駿監督=東京・吉祥寺(撮影:今井正人)【拡大】
--一方、よかったことは
宮崎「監督になってよかったと思うことは一度もない。でも、アニメーターになってよかったと思うことはある。うまく風が描けたとか、水の処理がうまくいった、光の表現がうまくいったとか…そういうことで2、3日、短くても2、3時間は幸せになれる。でも、監督は最後に判決を受けなければ行けない。これは胃によくない」
「頭にきていないとナウシカなんかつくりません」
--つらかった中で監督を続けてきた理由は
宮崎「簡単な理由でして、高畑勲と出会って、いろんな話をしました。それで『ハイジ』をやったとき、まったく打ち合わせの必要がなかったんです。考えていることが分かる。監督はスケジュールが遅れると怒られる。高畑勲は始末書をいくらでも書いていましたけれども、そういうのを見るにつけ、監督はやりたくないと思っていました。しかし、ある時期がきて、監督をやれといわれたときは途方に暮れたんです。僕は、監督や演出をやろうという人間じゃなかった。僕は監督をやっている間も、アニメーターとしてやってきた。それについてはずいぶんプロデューサーが補佐してくれました。そういうチーム、腐れ縁があったおかげでやれてこられたんです」