【BOOKWARE】
それまで『墓に唾をかけろ』の映画音楽が一番だと思っていた頃のぼくが、ルイ・マルの『死刑台のエレベーター』を見たとき、その音に仰天した。マイルス・デイヴィスの即興演奏だと知って、それからはおそるおそるこの異能を追うことになった。『カインド・オブ・ブルー』から『クールの誕生』へ。
菊地成孔と大谷能生が共著した『憂鬱と官能を教えた学校』という、ぶっとんだ本がある。2002年5月から12回36時間のナマ演奏含みの講義をまとめたものだ。一応は「バークリー・メソッドによって俯瞰(ふかん)される20世紀商業音楽史」というサブタイトルが付いてはいるが、そんなものじゃない。空前絶後の奔放な音楽講義になっている。
この『憂鬱と官能』が2004年に本になったころ、菊地・大谷は東大教養学部のジャズ講義を担当した。大胆にアルバート・アイラーをフィーチャーした講義を3期にわたって続け、翌年に「マイルス・デイヴィス3世研究」に転じた。その直後、NHK京都の上野智男が菊地をNHK教育に引っ張り出してマイルスを語らせた。ぼくはこれを見て瞠目(どうもく)した。ぼくは上野君に言った、こいつはいいね。東大講義は『M/D』という本になった。