結果的にインドネシアのデザイナーが人々の役に立つモノを作るのに貢献していることが重要だ。だいたい2億4千万の人口があって先進国の企業がこぞってこの大規模市場を狙っている時に、どうして彼らに自国市場で優位に立とうと思わないのか、と彼は語調を強めた。「グローバル、グローバル」と騒ぐ輩にはウンザリだという表情だ。
どちらのタイプがインドネシアの若手デザイナーに多いのかは分からないが、「インドネシアらしさ」と言う時、往々にしてスタイルや色を指すことが(いや、それしか指さないことを)、後者の彼はイライラするのだろう。古びたお土産屋の店頭にある商品とどこと違うのか、と喉まで出かかっている。クールジャパンの名のもとで紹介される作品に釈然としない気がすることが多いのとまったく同じだ。これは先進国か新興国を問わない。
歴史を重んじたところからしか意義あるイノベーションは生まれない。こう何度もこのコラムで書いているが、それはよく見馴れた伝統的な形状や色をそのまま利用せよということではない。使うなら必然性を圧倒的に感じさせることだ。そうでなければ、安易にアイコンへ寄り掛かっているに過ぎないことになる。