イスタンブールのアタテュルク空港の搭乗口近くで彼を見かけた時、えらくすばしっこい動きが印象に残った。存在感もあった。その男性は車椅子にのっていて両脚がなかった。飛行機に乗り込んで座席についた時、その彼が隣にいた。座席の下にトロフィーが置かれていて何に勝ったのだろうとは思ったが、疲れている様子で目を閉じていた。
離陸して1時間近くたち食事が配られた時、「英語を話しますか?」と聞かれた。彼はタイ人でトロフィーはイスタンブールマラソンのものだった。アジア大陸側から欧州大陸に走る。そこから会話がスタートした。
世界各地のフルマラソンに出場していて、今年のボストンマラソンのテロ事件はゴールして戻ったホテルの部屋から目撃したという。1992年のバルセロナからパラリンピックには連続出場しており、2004年のアテネでは800メートル(金)、400メートル(銀)、400メートルリレー(銅)と聞くに及んで、ぼくの好奇心は高まる一方になった。
だいたい車椅子のフルマラソンのワールド記録が健常者よりも40分以上も早いことを知らなかったほどに、ぼくはこの世界に無知だった。
バンコクから南に車で2時間ほどいった街で生まれた彼は、出産時から両脚がなかった。母親が妊娠中に飲んだ風邪薬が原因だったらしい。小学校を卒業するまで車椅子がなく、移動は他人か自身の腕に頼るしかなかった。
そうした姿が「恥ずかしかった」と彼は語る。